残酷すぎる絵本「不幸な子供」作者の意図は何?

2020年4月17日本・漫画

絵本「不幸な子供」について

「不幸な子供」はアメリカの作家
エドワード・ゴーリーの作品です

エドワード・ゴーリーと絵本の簡単な説明については
こちらの記事をご覧ください☺

これ以降は絵本の内容について触れるので
ネタバレにご注意ください!

「不幸な子供」、読んでみてどうでしたか?

あるところに
シャーロット・ソフィアという女の子がいました
両親は優しくてお金持ち

でも、そこからシャーロットの転落人生が始まります

父親は軍隊にアフリカ行きを命じられ
父親が殺されたという知らせが届き
母親が悲しみに暮れて死んでしまい
シャーロットは寄宿舎に入れられます

寄宿舎では先生たちからもいじめられ
大切にしていた人形は八つ裂きにされ
毎晩泣いて過ごす日々

もうこんな場所耐えられない!と
ついにシャーロットは寄宿舎から逃げ出します

この後きっといい出会いがあって
運が向いてくるんだろうと思いますよね…

でもシャーロットは行き倒れて
やってきた男が助けてくれるのかと思いきや
両親の写真が入ったロケットを盗んでいきます

また別の男がやってきて
今度こそ助けてくれるのかと思いきや
シャーロットは連れ去られて売り飛ばされます

暗い部屋で造花作りの内職をさせられ
シャーロットは日に日に視力を失っていきます
食べるものも飲むものもほとんどありません

そのころ、実は生きていた父親が
シャーロットを探し回ります

父親が生きていたなら
寄宿舎で我慢していた方が良かったですね…

そしてとうとう
シャーロットを買ったごろつきが発狂
シャーロットは逃げ出します

ついにここで父親と再会?と思いきや
父親が乗っていた馬車が
無残にもシャーロットを轢きます…

瀕死の状態で親子が再開する悲しい話なの?
と思ったのもつかの間
父親はシャーロットのあまりの変わりように
それが自分の娘だと気づかない

…で、おわり

「不幸な子供」にはどういう意図がある?

ゴーリーは、なぜこんなにも残酷で救いようのない
絵本を描いたのでしょうか?
きっと色んな意図があるんだと思いますし、
解釈は人それぞれだと思います

ここでは、私なりの物語の解釈を
いくつかご紹介したいと思います

「絵本の固定概念」を壊したかった?

普通、絵本の世界は最後は必ずハッピーエンドです
シンデレラは王子様と結ばれて
みにくいアヒルの子は白鳥になります

でも、ゴーリーの絵本は見事なまでのバッドエンドです

もしかするとゴーリーは
「絵本はハッピーエンドで終わる」という
絵本の世界の固定概念に
疑問を呈したかったのかもしません

「世の中の不条理」を伝えたかった?

絵本の世界はハッピーエンドで終わりますが
実際の世の中はそうではありません

自然災害で突然命を落としたり
たまたま通り魔に遭って命を奪われたり
不条理な出来事があふれています

もしかするとゴーリーは
実際とは異なるメルヘンな世界だけを
子供たちに見せることに疑問を持ち
「世界には不条理なこともある」という
世の中の真実を伝えたかったのかもしれません

「あなたは悪くない」ということを伝えたかった?

「不幸な子供」には、あとがきに記載があるとおり
全てのページの絵に「悪魔」が描かれています

「悪魔」はずっとシャーロットの周りにいます
ここから、悪魔がシャーロットを不幸にしていると
考えることができます

つまり、シャーロット自身に非はなく、
運が悪ければこういうことが起こりうる
不幸なことがあっても、それはあなたのせいではない

恵まれない環境にいる子供は自分のことを責めがちです
自分が悪い子だからこんな目に遭っている…
そんなことはない、その不幸はあなたのせいではない
ゴーリーはそう伝えたかったのかもしれません

「受動的なだけでは不幸から逃れられない」ということを伝えたかった?

物語の中で、シャーロットは常に受け身です

学校でいじめられ、人形を八つ裂きにされても
夜に泣いて隠れて過ごす日々
やっと自発的に行ったのがその場から逃げるということ

男に売られてからも黙々と言われた内職を続けて
やっとの行動がごろつきが発狂したから
その場から逃げるということ

もし、シャーロットがいじめに対して
弁護士に助けを求めていたら
もし、シャーロットがごろつきに対して
何かアクションを起こしていれば
何も変わらなかったかもしれませんが
何かが変わったかもしれません

ただ言えることは、
何もせずにただ逃げるだけでは物語の結末は不幸なまま
ということです

もしかするとゴーリーは、
何らかの理由で恵まれない境遇にいる子供たちに
受動的にそこにいるだけでは人生は変えられない
自分の物語をバッドエンドにしたくなければ
自分でアクションを起こさなければいけない
ということを伝えたかったのかもしれません

実は物語には続きがある?

物語の最後のページで
シャーロットはまだ瀕死の状態です
もしかすると、この後お父様が病院に運んで
一命をとりとめて、身体が回復し
親子の再会を果たすかもしれません

シャーロットのここまでは「不幸な子供」ですが
次の1ページからは奇跡的に助かった
「幸せな子供」かもしれません

「不幸な子供」として物語をここで終わりにするか
「幸せな子供」を想像するかは読者次第です

読者が「幸せな子供」を想像することができれば
もし今後すごく不幸な出来事があったとしても
この物語のことを思い出して
自分の未来にも希望を持つことができるかもしれません

前向きな解釈をしてほしかった?

「不幸な子供」はとても残酷で救いようがありません

でも、ここまで残酷な物語だからこそ、
読者は「読んで終わり」ではなく
何とか前向きな解釈をしようと奮闘します

もしかするとゴーリーは
あえて残酷な物語を描くことで
読者が自らの想像力でシャーロットを救うことを
望んでいたのかもしれません

実は特にメッセージはない?

ここまで私なりの物語の解釈をご紹介しましたが
「物語には何かメッセージがある」という考え自体
固定概念にとらわれているのかもしれません

物語だから作者の意図を考えてしまいますが
現実に同じことが起こったとして
神様に意図なんてきっとないはずです

もしかするとゴーリーはあまり何も考えておらず
ただ「現実」を描いてみただけで
そこには何のメッセージもないのかもしれません

まとめ

いかがでしたでしょうか?

物語の解釈は自由です
皆さまがすっきりする解釈が見つかれば幸いです

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